昭和40年07月23日 月次祭



 よく聞く事で御座いますけれども、信心は難しいと。そういう事を聞きます。とても私どんじゃ出来ん。信心は難しいと。教祖の神様は、信心は見やすいものじゃと仰る。見やすいものじゃが氏子から難しゅうすると仰る。同時に信心のない方達は、もう信心な出来んと。私達どんごたるもんは出来んと。信心な難しかと。暇もなからにゃならんし、お金もなからにゃならんと。
 けれども私は思うんですけれども、信心がこの難しいと言う事の言う前に、生きると言う事が、一番難しいと言う事を知らなければいけないと思う。生きて行くと言う事の難しさ、ね。その生きる事の難しさに、自らの命を絶って行く人すらあるんです。いやあ生きているんですけれども、長生きはしているんですけれども、どういう生き方をしているかと。何十年という長い間を、長生きのおかげを頂いたが、何十年という間を、どういう有り難い何十年かであったかと。生きると言う事は難しい。
 本当の生き方と幸せな生き方と、その生き方を教えて頂くのが信心である。生き道なのである。生きていく道を教えて頂くのである。生き調子を整えて頂くのである。信心は難しい。生きるという事が難しい。今朝もああた家のもう親子同士の頂いた。もう爺さんから、そのま一丁上の爺さんから。ずうっと生きてきとる。そして親から子に子から孫にというふうにずうっと生きて来とる。
 ところがですいわゆる、苦しい生き方をして来ておる。身振りを作った生き方をしておる。生きる為にはそれこそ人の茶碗でも、落としてでもと言う様な生き方をして来ておる。我情我欲で一杯の生き方をしておる。ね。果たして皆さんそういう生き方と、そういう生き方では信心させて頂いておる者の、生き方とはいえないと。信心とはその生きる道を教えるのだと。
 楽しゅう嬉しゅう有り難う、生きていけれる道を教えるのである。信心が難しいという前に、生きるということが、難しい。それは、自由な生き方がある。太う短こう、ね。汚い事ばっかり言いながら、一生終わっていくという生き方もある。ね。そう言う様な私は生き方ではなくて、人間らしい生き方有り難い勿体ないという行き方。その生き道を教えて頂くのが、信心であると言う事を分らして頂いたら、どうでも生き道を覚えさせて頂かねばならない。
 詰り信心の稽古とは、その生きていく道を教わるのであると言う事を、一つ分からにゃいけません。今日、福岡からある婦人の方が、参って見えられてからのお届けなんです。遠方から、何時、何時来る事になっていた。それも自分のいわゆる、我情我欲をその方に頼んである。また頼んであるどころではない。もっとあの人が来たならば、これも頼もうあれも頼もうとこう思うておる。どうでも来る筈のがこんから、どういうわけでこんのだろうかと。少しそれが問題が問題だけに不安になって来ておる。
 いよいよ来ない事になったら、どういう事になるか。淋しいことになる。それでのやはりお届けである。そしたら神様に私御神願に頂きます事がね。その人の来るのをですね。それこそ、一日千秋の思いで待っておる。首を長くして待っておるわけなんです。丁度鶴が首を長くして。もう首がねこうね、長い鶴を頂きますから、ははこういう思いで待っているんだなと、私は思うた。鶴の首のようにして待っている。
 ところが私が頂くその神眼がです。その鶴の首がです、段々蛇の頭のようになって行くところを頂いたんです。鎌首上げてからこうしておる、その鶴の姿に良く似ておるけれども、それが蛇なのである。蛇は皆さんご承知のようにめぐりと仰る。自分の心の中にある、汚いものが待っているのである。そこで私がそれとは言わんけれども、やはりその自分の心の汚いものを満たすために、待ったのではおかげになりませんよ。
 あの人もおかげになり自分も、おかげを頂かせて頂くための、待ち方でなければならんのに、その人から摂取しよう。その人を利用しようと。そういう心で貴方が、例えば待っておるとするならば、これは来んかも知れません。もう来んどんするならしかし最後の大変なその、難儀な問題が控えておる。しかしそう言われて見ると本当に、これは改めて待たなければいけませんと言う事を言うておる。
 例えば物を待つでも、人を待つでもです。そういう待ち方があるのである。ね。いわゆる待ち人来たらず。ね。どうして来んのだろう。どうして来んのだろうと、やっきもっきして、そしてあげくのサンパチには来ない。いや来ても不足を言う。そういういわば生き方ではいけないでしょう。首を長くして待っているんだけれども、その待っておる首がです。鶴の首にさも似ておるのだけれども、蛇が待っておる。
 蛇の鎌首上げたような姿である。これでは神様に御願いしてから、なら愈々来なさらんじゃろうと私は思う。心のうちを改める事が第一である。心の内を改めて待ちなさい。必ず見えるでしょう。そして我情我欲ではないあの人も幸せ、こっちもおかげを頂けれるための事の為に考え方を少し、変えなさらんのじゃないでしょうかと、言うことでした。ね。例えば人を待つのでも、そういう待ち方があるでしょうが。ね。
 ここにいわば、信心のある者と無い者の、人を例えば待つなら待つ、待ち方が違うでしょう自ずと。その後にもう三年この方、品物贈ったきりで品物のお金を送って来んという人がお参りして来た。大きな支払いしております。ね。それで私はその方に、そのどこどこ町のどういう人からそれを貰らわんならんのか、ちょっと電話で聞きなさい。どこどこ町のどこどこという事は、分かっておる。そんなら自分がそこに沢山のお金を使うて、出張でもしようというのであるから、出張を一時見合わせなさいと。
 同時にその間にですいわゆるその、鶴の首の様な待ち方ではない、ね。いわばその蛇の首の様な待ち方ではない。同じ待つでもです。有り難く待たせて頂くところの、心の調子というかいわゆる調子を、私がお話させて頂いておる。「もう先生、もう三年ももう送って来んとですけん」もうほうからかしておりましたけれども、先生これが送って来たならば、もう御造営費の御用にさせて頂きましょうち言うた。「ああそんなら送って来るばい」ち、(笑いながら)私が申しました。
 こちらがです送ってくる調子が、あちらが立てばこちらも立つと言う様な、あり方にならせて頂いただけでも、いわばおかげが頂けようというのに、もう無かもんと思うてもし送ってきたなら先生御願いしてから。ならもうそのう家はまあだ六月分、なあにも収めておりませんから、もうそれを送って来たらそのままそっくりお供えしますと。また出来る人なんですその方は。
 「そんなら送って来るよ」ち、私が言うた。火を見るよりも明らかである。ね。そういういわば待ち方があるんです。私はその前に、お取次ぎをさせて頂いとった方に、そうしたヒントを頂いておったから、その事をお取次ぎさせて頂いた。だからその人この人というだけのことじゃない、誰でも同じ、いわば行き方で、おかげが頂けれると言う事なんです。そうでしょう。
 これもやっぱり福岡の婦人である。「先生今まで、私の信心は死んどりました」ち。「死んどったんですか」ち。まあ死んではおらじゃったろばってん、半死半生ぐらいじゃったじゃろと。おかげを頂いてから、今日お参りしいしい、電車の中で色々考えさせて頂いて、ああ自分の信心は死んでおった、こういうことではおかげになる筈はないと、思うてと言うて涙を流してから、自分の今までの過去の信心の死んでおった事を、半死半生であった事をお詫びなさっておられた。
 「先生それは、こういうことなんです」。ね。お仕事の上にもうほんとに、期待に期待を掛けておった事があった。ところがもうそれこそ一瞬にしてそれが、その谷底に突き落された様にです。それを思いを断念しなければならない様な事になった。次にはですご長男の上にそういう難儀な、中にいやご長男じゃありません、二番目の息子さんです。息子さんの上に大変難儀な問題が起こって来たとこういう。
 それが二つ重なってから、もう本当にもうそれこそ、意気消沈してしもうておる。ね。このことも自分の思う様にならない、その上にまたこう言う様な難儀な問題が起こったと、こういわれる。しかもそう言う様な二つの問題をです。難儀な問題をです、ね。元気な心で受けて行く事こそ、信心だとは分かっておりながら、それを受けていけないという事がです歯がゆい。自分の信心が死んでおる証拠だと気が付いた。
 そこで私は昨日、今日の朝の御理解をその方に聞いて貰うた。あるんですよとやっぱり、私共でももう本当に自分ながら、浅ましいごとあるんですよと。昨日の朝でした。朝の御祈念の座に付かせて頂いて、ここ昨日今日はこちらから、風がいっぱい吹くんですねえ、もう吹き過ぎるぐらいに吹くんです。ですからこのお広前いっぱいに風が入ってくるんです。だからここへ座らせて頂いても、涼しい風がお広前いっぱいに回っておるんです。ところがです、御祈念半ばに誰かが閉めてしもうておる。
 ところが御祈念させて頂いておる私はです。もう兎に角冬でもいわば汗が出る位にお参りで一生懸命で、御祈念させてもらうのですから、もうそこを閉めた途端にですぐうっと、もう全身汗が出るのが分かる感じなんです。で私御祈念中に思いがあった。「どうした馬鹿じゃろこん暑かつにせいてしもうちから」ち、いうちからもういらいらしてから(笑い)御祈念しよるけんで、御祈念が御祈念にいっちょんならんですもん。
 こげなこっじゃこらもう、今朝ん御理解も頂けんきんち思うちから、ああたそん腹ん立つとば一生懸命に押えちからね。「だりがあけたじゃろか」ち、言うちから思いよったですもん。まっときて今度御祈念が済んだら、久保山先生にちゃんと言うちから、もうあすこはもう雨どんが降るときなら、仕方がないけれどその窓際で寒かごたるなら、こっちのほうで御祈念するようにいわんのその人に。ち言おうばいち思うて御祈念。
 もうそれば、思うてしもうたから少し楽になった。それから私本当に自分ながら思うんですよね。暑からそれこそもう暑かろうが、寒かろうがほてから今迄涼しい風が吹きよったつを持ってきてぴっしゃっと止まったもんだから、汗んそれこそ私が肥えとるもんだから、ドクドク出る様な感じなんです。一遍に下着からじゅっくりなってしまって、どうした馬鹿じゃろかちもう神様の方に向かわずにこっちの方ばっかりまいよるね。
 そん時に私の心の中に一通り腹かいといてからですよ、一遍どおり。「腹立てば、心の鏡の曇ること」と言う。ね。さあそれから一生懸命その、心の鏡を拭きよるとです。ところが私ふっと気が付いた。一生懸命今の腹立ったその心で、自分の心を真っ黒にしてしもうた、それを一生懸命拭かしてもらいお詫びさせて貰いよりましたらです。今まで気が付かなかったところまで、綺麗に吹き上げておる事に気が付いた。
 皆さんそんな実際の上にそんな事があるでしょう。えらい鏡がくもっとる。一生懸命拭きよる。そるきん隅々まで綺麗に拭き上げてしもうたと言う様なものなんです。「ああぁ、腹たち有り難し」という事になるでしょうが、そしたら。ね。そういうよなですね、腹の立て方を日頃稽古しておるのですよ。そういう道を私共は教えて頂きよるのですよ。それこそ生きておるのだから。
 やっぱりその何時もかつもその馬鹿じゃなかもんじゃけ、ニコニコばっかりしておられん。利口もんじゃけ。ね。時にゃ本当にもう今日は、ちょっと先生ご機嫌だなと言う様な時もあるかと思うとる。いくら物言うても返事でもしござらんように、ぶうっとし御座る様な時も、あるというごたるふうなもんです。けどもそういう時に、信心させて頂いておればです、こういう場合には、どう言う道に出たが一番良いかと、いわゆる、信心の道を一生懸命求めよる。
 「腹立てば、心の鏡の曇ること」しかもこの位な事に、腹が立つと言う事がです。情けないと思いよる。ね。そして、お詫びをさせてもらい、そこを拭き清めさせて頂きよるうちに、いままで気が付かなかったところの、隅々まで清めさせて頂く事がけけて、腹の立ったつもおかげじゃったとこう分からせて頂いておる。昨日の朝のそれがそう言う様なご理解だと。そのものが御理解だとだから聞いて頂いたわけなんです。ね。ところがまた今朝の今朝も、やっぱりバンバラ吹きに風が吹きよる。
 もう昨日腹かいとるけん、今日は腹かかんでよかろごたるばってん、御祈念のときにまた誰かガラガラと閉めてしもうておる。また腹ん立ったごたるふうで、もうほんなごつ御祈念辞めちから、そっちば向いちから、「ちょっと、開けんの」ち、言うごと腹ん立つ。ね。こりゃあ毎日毎日こげん腹ん立つごたるなら、もうどんこんいかんと、私は思うたんですよね。その同じその事の中からです。
 ちょいとこうして、立ってから、昨日あげん言うたつに、いわっしゃりゃ良かところへ。せえが眠ってどんござろうたいち、こう心の中で(笑い)思いよりました。(あっはっはっはっは)それでまた、それこそ一通り腹かいといてから、また思いよる。ほんに三代金光様は、ね、七十年間という長い間御神勤下さった、私共のためにしかも朝の三時五十分にお出まし。四時のご奉仕。ね。一時間半の御祈念。そして夕方の四時までずっと、お貫きになられる。
 丁度、金光様が、ここにこうお座りになっておられるなら、この行き当たりがこう連子窓のように、窓障子窓になっておる。そこんところをですね、冬なんかは必ずお開けになるそうですその窓を。ですから御付の先生方がですね、もうそれこそ隙間の風でもと、思うてその、おられるものですから、それをお閉めになるとですね、その「閉めなさんな」とああたどんのごと言わっしゃらん、金光様がだまって見てござる。
 はあ私のために閉めらるとじゃからね。だから言いなさらんとです。そしてです何時またお開けになったやら、分からんようにしてから、その寒い日にでもそこを、必ずお開けになるということです。ご晩年のころは、さ電気ストーブじゃ何だと、暖房のことの心配致しましてね、なさっておられましたけれども、金光様は歩いてあのお広前へお出ましの時分までは、それであった。夏ともなると今度その反対。
 少しでも涼しい風がと言う様にそのそこをこう開けるとですね。いつの間にかまたお閉めになると。あれだけのご修行をなさりね。あれだけのご修行を私共の為に下さっておるのにも拘らずですね。そうして自分の身の精進をなさっておられるという事。その事を私ふと思い出させて頂いたらです。ああこれは精進不足だなと私は思うとる。これこれの修行は出来ておるのだけれどね。その間がつまらん精進の心が無い。
 今日はじっちゃまの日だから、今日は、おばちゃまの日だからというて、お好きなものを一つ作るでは無しに、今日は、生臭きは口にはせんぞと、と言う様にして、精進を例えば、仏教的に言えば、精進をする。一日精進をする。今日は、ばばしゃまの日じゃけん、腹どん立てちゃならん。一家が今日は、ニコニコ円満にしとらなならんばいて、子供達にも言うて聞かせる。
 今日は生臭きは、食べんばいちいうて、生臭きも絶たせてもらう。そういう精進こそです。御霊様に通うのであろう、神様に私は通うのだと思うのです。常日頃の精進が大事だと。私にその精進の心が無いから、そういう事になるのだと。そこで私は考えた。ね。いくら開けようが閉めようが。私共の場合はですんなら、暑いとに閉めたり、ね。寒いとに開けたりとは出来なくてもです。誰かが開けたり閉めたりする位な事の中に、一喜一憂して、ね、腹を立てたり歯がゆい思いをしたりする様な事ではならない。
 そういうところを日頃の精進不足が、こう言う事になって来るのであろう、こういう思いになるだろうと。こういう事では明日の朝、また誰か開けたり閉めたりしたら、また腹が、御祈念中に立つだろうと。これではいけない。本気で精進させて頂こうと私は思うのです。それでせめてです。せめて月次祭の日だけなりとも、ね。私は十二時にあそこを下がらせて頂きますとすぐ、水をかからにゃ出来ん。汗がだぶだぶで。
 それからこの下着から全部変ええてしまわにゃ出来ん。ね。そしてもうその後は奉仕まで、今度はステテコいっちょに、いわばシャツ一枚で、過ごしてしまう。そういう慎みのない、本当に人間というのはですね。以前はそうではなかった。もうそれこそ朝から晩まで、紋付袴つけてから四時までは、おかげ頂きよったんだけれど、後からは次々と先生方が変わって、奉仕が出来るようになったら。
 自分は楽して涼しいところで、いわばしかもステテコ一丁になってから、午後からは楽をさせて頂くと言う様な、状態に堕落してしまっておる。一遍に頼むとだけにはいかんから、せめてお月次祭だけなりとも、私は紋付袴を付けさせて頂いてから、おかげを頂こうと心の中に決めたら、途端に有り難うなり嬉しゅうなった。私はそこまでそのある婦人のその方に、話させて頂いた。
 事業が思うようにいかん、商売が思うように行かない。ご町内に難儀な問題が起こった。そういう時にです。情けないけれども有り難い。腹が立つけれども有り難いというものが、無からなければ、信心じゃないというような話をして頂いたら「もう先生そうでした」と、いうてからもうこの二言のですね、もう本当にこういうおかげの頂けれる道を何時も、教えて頂きながら、私の信心が死んでおったために、それが分からなかったと。もう途端に元気が出ましたと。そうでしたと。
 そういわれたらです私の御神眼に頂きますのがですね、何でしたかね兎に角ですね、ま一反十俵の米が取れると仮定致しますとですね。十俵欲しいなら一反の田を耕さなければならない。二十俵欲しいならば二反の田を耕さなければならない。○○さん貴方が今はね。もう一反で良かと思われるならばいいけれども、願いを二反も三反もいわば三十俵も欲しいと思うておられるのだから、こう言う所をこういう風にして受けていく事が、おかげの受け場が二反になり三反になって広く大きく成って行くのですよと。
 「はあ先生そうでした」ち。もうそうでしたち。もう本当に勿体ない話なのだ。心が半死半生であったり、死んでおるとそういうおかげの受けれることを、無にしていってしもうてそういう生き方をしておる。その姿が信心の薄いものであり信心の無いものの、私は生き方ではなかろうかと。そして我がそれこそ無くなる。ね。食べていかにゃならん。家族だけ生きてはいかにゃならん。
 ために一生懸命我武者羅に働かせて頂いて兎に角、生きていくことの難しさと言う事に気付いて、ね。いわゆる罪を作ってでも、めぐりを作ってでも生きていこうとする、我武者羅な生き方になって来るのじゃないか。腹の立つ時難儀が難儀に重なるとき。こういう受け方。こういう生き方があるんだという道を教えてもらい。その道に出るためには、こういう心の調子を、整えていかねばならんのだという事を、教えて頂くのが信心なのだと。どうもこれは、すっきりせん。
 そのすっきりせん無かったおかげでです。よりスッキリする様なおかげを頂かせてもらうことの、おかげになっていかねばならんのです。ね。こうなって参ります時にです。生きることの難しさと言う事を、先ず分からにゃいけませんよ。いやあ俺はもう一生懸命商売をする。俺は百姓をする。その我武者羅に働いて我武者羅に、その儲けだして我武者羅に、例えば栄誉栄華をしたり食べていったり、着ていくという事がです。
 どういう結果を生むのかということ「」。めぐりを作った生き方。いわゆ歩んででももって行けれる、信心の徳を持って行けれる道を教えて頂く道におりながら、あの世までも罪を持って行かなければ成らない様な、生き方をしたんではいけないと言う事。そこのところをです。そのところの信心を、分らせて頂こうとする願い。そういう願いの元に、椛目通いがあり、信心の稽古で無からなければです。
 信心が上達しない。ね。そして生きるということは難しいものではない。それは生かされておるのだと。私共は生かされて生きておるのだと。必ずその茶碗を叩いて落とさなくても、神様がチャット目の前にでも持って来て下さるような、働きがあるのだと。そんならいっちょ、今日からじっとしといてみようと。というのではなくて、今の心の調子を整えながら、そして信心の行き方そういう教え、そういう道をです。
 私共が体得させて頂くということに、一生懸命になってきておれば、生きるということはさほどに難しい事ではないのである。いや難しいのではない。生きると言う事は有り難い事なのである。楽しい事であると言う事が分かってくる。ね。皆さんそういう道を椛目で稽古なさっておられるのですよ。ですからその稽古しておること、ほんとに今日のその、婦人じゃないですけれども、ね。
 ただ信心とはお取次ぎを頂いて、御願いをしておかげを頂くと。そういうところだけに留まっておりましてはです。やっぱり生きることは難しい事になるんです。だから先生の仰るような、まあ訳にゃいかんという事になるのです。今朝の朝の御祈念の後にま本当に、素晴らしい事を皆さん頂いておられましたですね。久富繁雄さんのお届けされた事、あの久富繁雄さんの、何か石井清子さんですね、田代さんの妹さんです。
 なくなられた。御霊さんのもうそれこそ大変な働きを、椛目全体の上にお働きになっておる姿を拝まれたと言う事です。田代さんに向かって「姉しゃま姉しゃま、これで良かつね。ち言うてから言いよんなさるとこじゃった。大和さんなんかが頂いておられること。ね。椛目が御造営のためにです。御結界が大城の役場に移っておるところを頂かれたんです。大和さんは大城の方ですよね。大城というのは大きい城と書いてある。
 大城の役場に移っておるとこう頂いた。そしてその親先生が頂いておられるその、おかげはもうそれこそ、もう見事な大きな鯛を頂いておられる。もう小さいこのくらいの鯛やら、沢山あるぎなもん。もう色々こまかとっから中くらいなちいうたごつ。これが私が頂くと。親先生が頂いてござる鯛。そして先生信心の塩じゃったですかね。あの今度の御造営のこと、今度の御造営のことにあたって、信心のし様でこの鯛の太かつこまかつが決るぞと仰るお知らせじゃった。
 鯛のお知らせはおかげと仰る。本当に現在のまま良いとは思われんのです。これもやっぱり、大和さん。昨日の朝秋永先生のお夢を頂いておる。そして頂かれたことが、秋永五徳と頂かれた。秋永五つの徳と頂かれた。ね。五徳を人間受けたら素晴らしい。ね。五徳を受けさせて頂くために、信心の稽古させて頂こうと思うておる。五徳を受けさせて頂くところから生きていくところの、生き調子もさることながらです。
 行き道がはっきりと幸せへ幸せへという道が開けてくる。神徳人徳。金の徳物の徳。健康の徳と。これだけは徳として頂かにゃいけん。ね。それには秋永先生どう言う様な事があっても、辛抱が大事ですよと。五徳の中に例えばこの差し込む五徳じゃない、火鉢の中です五徳の中にゃ差し込まれんですきんねえ、五徳じゃけんだからその火鉢の中にですたい、その火のぐるぐる起こってる、そこへこう差し込まれてもです。
 熱いとでもいうちゃならんですよと。これが身に徳を受けていく修行ですよと。そういうことをやっぱり大和さんが、昨日の朝頂いておられる。ね。例えば御造営の事に当たって、ね。委員長を務めるからにはです。もうそれこそ毎日毎日、ね。昨日一昨日でした。見えられてから、ここでもうしみじみ心から先生が話されました。先生夕べはこのことを考え出しましたら、どうしても休まれませんと仰った。
 ちょっと今日は椛目に行ってから、このことを先生だけに一通りお話させて頂いとかにゃと言うてから見えられた。もう明けても暮れてもその事。秋永先生どっちかというたら、ぽんぽんとこうその言われる性質ですから、まそう言う様な所でもです。太く豊かに大きく、祈って祈って祈りぬかせて頂いて、これだけの例えば御造営。言うなら五千万近くからの御造営が出来るのに、神様が喜んで下さる。
 親先生が喜んで下さる皆んなのおかげ頂きましたと言うて、喜んでもらえれる様な、御造営の成就にならなければ、神様に対して相すまんのであり、委員長として相すまんのでありというところに、焦点を置かせて頂いて信心を進めておられる。為には神様は、秋永友良そこぞとそこのところを一つ、信心辛抱しぬかせて頂いて火の中に差し込まれる様なことがあっても。
 自分のいま一言言い訳をすりゃすぐ皆が分かる様な事があるけれども、人が何と言おうが、う言おうが、それを黙ってこれに頂いていくところの信心こそ、大事なことぞと。皆さん今日私が申しました。信心は難しいものではないと。生きるということが難しいのだと。それは、まともな生き方。神様に喜んで頂けれるような頂き方、嬉しゅう有り難うを着て行く生き方、その生き方が難しいのだと。その生き方をです。
 または生き調子をです。このたびは椛目全体の人たちの上にです。椛目のこのたびは、基礎にならなければならない人たちの上にです。御造営なら御造営を通して、そういう道を教えて下さろうとしていることを、先ず念頭に置かせて頂いて御造営でならなければならないということ。ね。今日私昨日、古谷さんからお借りしておった、あれは桂竜王ではなかった、何とか竜王でしたですね。(しゅうとく)竜王ですか見事なその写真入で、その写真を見せて頂いておった。
 もう庭の素晴らしさ。その日本建築のいわば粋を凝らして建て上げられた、桂離宮と並ぶその建物だそうですよ。それを写真で見せて頂いて素晴らしいなあ、素晴らしいなあと思いよったらですね、神様がこれじゃいかんと仰られた。こげなこっじゃ。人間のただ知恵やらそういうものだけを、そので作り上げたものじゃつまらんと。例えばここになら、自然に流れてきとる谷なら谷があると。その谷がね。
 その谷があるがその上にですね。もう石橋のこう反ったような、もう普通ならぽんとこうそのどげな橋でん、架けさえすりゃ良かろといったようなところへです。もう見事な石橋の架かっとるところを頂いておる。自然の働きと、例えばその私共がただぽんと建てるのじゃない、その橋一つ作るでもです。思いを込めたりいわば心をちりに砕かせてもろうてから、建てあげたところの、その橋でなければ、いわば本当の意味においての、あいよかけよ神様の働きを一生懸命、肉の働きが一生懸命。
 その一生懸命と一生懸命のものが出おうて、出来て来るところの、例えば庭でありご建築でなからなければ、本当のことではないということを、頂かせてもろうて、そういう意味で、椛目の場合は本当にそういう風に段々おかげを頂いていきよるという、事実がありますですね。これからままあだ随分ありましょう。まあだ随分練って練って、練り上げていかんならんことも随分ありましょう。ね。資金の面にも、ね。
 御造営の内部の改装の面にも、ね。ま沢山ありましょう。けれども皆がです。本当に神様からヒントを頂いたのではなかろうかというくらいなです。ね。これはですね。もう本当にそうですよ。もうあらゆる人の頭を皆さん使われますから、皆さんも使わなければいけませんよ。あの御造営があるときに、あの中央に御広前が出来るようになっておった。ある朝小野先生がお参りして来てから、それをじっと見よったら。
 先生これはいけませんばい」ち。「バス通りの方には行かれませんのですから、後ろのほうはああた耳納のほうでん、ああた行かるっとじゃけん。もう後ろのほうへいっぱい押しやらかしとかにゃいけませんばい」ち。言うですもん。私はそれを聞きよってそら、そうだなあと思うてから、委員長にそのことを話して、福田先生に話したら、はあそらそんならよっぽど良いですねて。
 ほんな素人の頭を借りて、神様はそういう風におかげを下さっておるでしょうが。というようにです。これは素人とか玄人ではありませんです。皆んなの一生懸命の思いがです。結集されてそしてそれがいよいよ、神ながらなものに成就していかなければなりません。そういうような中にです。今日私が申しておりますところの、なら御造営なら御造営を通して、そうした行き道を私共が。
 体得させていかなければ馬鹿らしい。体得させて頂くだけでは無い。その体得のし加減一つによって小さな鯛にもなれば、大きな鯛にもなるということに繋がっていることでございますから、そこにいよいよ思いを凝らさなければならない、真心の限りを尽くさなければならないということになると思うのでございます。
   おかげを頂きまして有り難うございます。